この物語の主人公、笛井戸逢人が、昨夜から行方不明になっている。
家族や逢人と仲のよかった友人知人らが集まり、彼の家で何事かを話しあっていた。
「いない主人公とは、主人公たりうるのか」
逢人の幼馴染であり、メイン・ヒロインの一子は真顔でそう言った。
「何が言いたいの」
逢人の母の間々代(かなり美人)が問う。
一子はまるで何かに取り憑かれたかのように、無表情で抑揚のない声で、続けた。
「主人公のいない物語は、物語たりうるのか。ここは失踪した逢人に代わり、臨時の主人公を立てて物語を成立させるべきではないか。そしてその役にふさわしいのは、主人公に次いで登場回数の多いメインヒロインの私であり――」
「異議あり。今は母親ヒロインが流行しています。よって私こそが真のメイン・ヒロインであり、今は女性主人公モノも増えてきているので、『成功者の真似はビジネスの基本』とも言いますように、私こそが逢人の後釜に――」
一子の口上の途中、間々代が遮った。
「何だと。四十代などマジョリティにとっては熟女だろう。一部のマザコンにウケてるだけで、私のような十代ぴちぴちJKこそが、未だ日本のサブカルじではメインの存在なのであり、王道なのである。王道は売れているからこそ王道たりうるのだ」
一子は虞犯少女のごとくメンチを切り、間々代を威嚇した。
しかし年の功か、そんな一子の視線に物怖じすることもなく――
「まっ。何かしら、その言葉遣いは。あなたのように育ちの悪い子に逢人はおろか、この作品のメイン・ヒロイン、ましてや主人公の座など任せられないわ。作者が恥をかくでしょう」
あくまで余裕の笑みで一子を見下し、間々代は嘲笑する。
「ふん。白昼堂々ヤクザもんと交尾してる淫乱ババアに言われる筋合いなどないわ」
「あんたたち、いったい何の話をしてるのよッ! 今は逢人探すのが先でしょ――!?」
売り言葉に買い言葉の女ふたりに至極まっとうな言葉で噛みつくのは、逢人のクラスメイトでありサブヒロイン、学校をサボり気味のギャルである千代辺里場子だ。
ギャルという割には浅黒い肌にセンター分けした前髪、足下にはダボダボのルーズ・ソックスと、少し格好が古い。
だが逢人に惚れており、いつも傍にいる一子をどうにかして引き剥がせないかと日々画策していたりする。
「警察には連絡した。我々個人がどうあがいたところで警察の捜索能力の足下にも及ばぬ。無駄なことはせぬことだ。それより、主人公の欠けた物語をどう継続するかの方が重要ぞ。何せそれができなければ想像力のない作者はとっととこの作品を見限り、打ち切るであろう」
里場子とは対照的に、冷徹な機械のごとく言葉を紡ぐ一子。
「この、人でなし――」
頭に血の登った里場子はきいと叫び、一子の頬にその平手を一閃――
しかし、その平手が一子の頬に炸裂する前に、一子がポケットから取り出したシャープ・ペンシルが、里場子の首に突き刺さっていた。
「ぐえ」
頸動脈を的確に貫かれた里場子は、その場で絶命した。
「あ、あなた何てことを――」
急いで台所に包丁を取りに行く間々代を一子は見過ごさず、里場子の首からシャーペンを素早く抜きとり、間々代に向けて投擲した!
「ぐえ」
まるで忍者の棒手裏剣のように高速で飛翔したシャーペンは、間々代の後頭部の少しした、延髄を正確に抉り、彼女の生命活動を停止させた。
「ふん。馬鹿め。こんなこともあろうかと、こっそり古武道を習っていた私に勝てると思うてか。これで主人公の座は私のものだ。主人公になってさえしまえば、主人公補正で警察などどうにでもなる。私こそが新世界の神として君臨するのだ。うわっはっはっは!」
血染めの鉛筆を片手に、邪悪な笑みを浮かべる一子。
――だがしかし。彼女はこの物語の本質に気づいていなかった。
これは主人公のいない物語。
つまり主人公になった時点で――彼女の消滅は確定したのである!
その後、一子の姿を見た者はいない。