NEMESIS復讐代行サービス

 私の名はNEMESISネメシス。本名は別にあるが、とうの昔に捨て去った。

 職業はサービス業。ただし、復讐代行サービスという少し変わった仕事をしている。主にインターネット上で依頼を受け、依頼主に代わって〈標的〉に制裁を加えるサービスだ。もっとも私の場合、金さえもらえば誰でも攻撃する鉄砲玉というわけではなく、依頼を受けるかどうかは、私自身が依頼主に直接会って確認する。しかしまあ、私のサイトを訪問するような人間は、大抵晴らせぬ恨みを抱えた病人ばかりだから、ほとんどの場合、そのまま依頼を受けることになるのだが。

 

 三年前、私は自分の親を殺した犯人を、殺害した。

 衝動的犯行ではない。標的の行動パターンを執拗しつように尾行して調査し、人気ひとけのない道へ入ったところを、背後からスタンガンで襲撃して身体の自由を奪い、特殊警棒で頭を何度も殴った。そして犯人の車を使い山の中へ連れていき、腹部に包丁を何度も突き立てはらわたを引きずり出し、生き地獄を味わわせてやった。そして最後は頸動脈けいどうみゃくを切断し、殺してやった。

 当時私は犯罪初心者で、ひどく興奮していたせいもあり、警察にバレないかとヒヤヒヤしていたのだけれど(ああ今となっては懐かしい思い出)、山の中まで連れて行って殺して埋めちゃえば案外バレないんじゃないかと思い実行してみて、それはその通りだった。標的は幸い人付きあいはほとんどしない男で、近所にいるほとんどの人間がその存在を知らなかった。一人暮らしで親兄弟はいたかもしれないけれど、頻繁に会ったり連絡をとっている様子もなかった。今思い返してみれば運が良かった。

 何で殺人そんなことをしたかって?

 それはもちろん、彼が万死に値する罪を犯したから。そして警察、この国の司法が、適切な制裁を加えなかったからである。一応彼は〈業務上過失致死罪〉で五年間刑務所にいたのだけれど、事件当時ひどく酒に酔っていて、本来は〈危険運転致死傷罪〉に相当する。つまり懲役最長二十年が我が国における正しい刑罰だった。それでも軽すぎる刑だとは思うが、とにかく、それが適用されなかったのは、彼が現場から逃走した後で水を大量に飲むなどして証拠隠滅したせいだろう。

 そう。彼は飲酒運転で、私の両親を、私の眼の前で、き殺した。故意の殺人かといえば、そうではない。しかしそんなことは関係ない。故意であろうがなかろうが、あの男が私の両親の生命を奪ったことには代わりないのだ。出所後も唯一の遺族である私に謝罪のひとつもなく、相変わらず酒に酔ってパチンコ屋やゲームセンターで遊び歩く絵に描いたような屑だった。私の両親を殺した罰が、たかが五年間檻の中で臭い飯を食ってきただけなんて、どう考えてもおかしい。

 故に三年前、私が手ずから両親の無念を晴らしてやった。せいせいした。あんな男は死んで当然だ。ざまあみろ。ひひひひひ。

 閑話休題かんわきゅうだい。完全犯罪を成功させた私はその体験を活かすべく、かつての私のように晴らせぬ恨みを抱えている人々の役に立ちたい、と、強く思うようになった。今のデフレ不況のご時世、まともに働いたって企業に過労死させられる時代だし、そんな首輪付きの奴隷人生を送るより、自分にはフリーランスが向いていると思った。現代の必殺御仕置人みたいな存在になれるんじゃないか、いや、なりたい! と。

 そこで、インターネット上で私刑を請負う、〈NEMESISネメシス復讐代行サービス〉を立ちあげた。無論正式な事業ではなく、役所で手続きして会社を設立したわけではない。

 行うのは復讐の代行、それも相手を殺さぬ程度に懲らしめてやるだけ。至って平和な事業だ。積極的平和主義、と言ってもいい。何せ法では裁けぬ悪人を懲らしめ、社会の浄化に貢献しているのだから。

 殺し屋のような殺人代行は、基本的にやらない。殺人ともなればリスクは跳ねあがるし、そうなれば必要経費も増す。暴力団や犯罪組織の鉄砲玉をやる気もない。

 

「君がNEMESISネメシスか。驚いた。まだ若いじゃないか。うちの娘と同じか……いや、少し上か……」

 今回の依頼者である中年男性は、私の姿を見て驚いていた。無論面貌かおはわからぬよう仮面で眼鼻は隠しているが、声や体格から、私がまだ年端もいかない女学生、せいぜい二十そこそこの若い女であることくらいはわかるだろう。

 そんな私に犯罪の依頼をすることに、不安を憶える。無理もない。が、それで依頼をやめるようなら仕方ない。いくら私が変装に長けていても体格までは偽れないし、依頼内容の真偽を確認するためにも、対面での聴取りは重要である。私を単なる暴力の代理人だと勘違いしている連中は、ここで振るい落とす。

「年齢は関係ありませんよ。お客様。依頼を受ける以上、安心、迅速、丁寧、そして確実な私刑を心がけています。実績は自己申告ですが、百パーセント。ただし誰からも請負うわけではありません。あなたの依頼を請負うには、いくつか質問に答えていただかなければなりません。メールいただいた内容ですが――」

 私は事務的な口調で、淡々とメールで依頼された件と、彼の事情について確認した。

 依頼者の中年男性はふたりの娘を持つ父親で、今年中学二年生となった長女が近所に住んでいる青年に性的な悪戯いたずらをされたという。今回標的となる性犯罪者の名前は、猥褻山罪人わいせつやまざいと。彼は強制猥褻わいせつ罪で刑務所に入っていたのだが、四カ月ほどで出てきてしまい、今も近所で暮らしているそうだ。猥褻山の両親が代わりに謝罪し、息子の引越しを約束して心ばかりの慰謝料も置いていったが、当の本人は引越しもせず、ろくに働きもせず、親の金で遊び歩いているらしい。

「娘に一生消えない精神的外傷トラウマを残しておきながら、奴はたかだか数カ月刑務所で暮らしただけで出所し、のうのうと生きている。それもうちの近くで。娘は気が気でなく、学校に行くのが怖くなって不登校になってしまった。奴のせいで、娘の人生はめちゃくちゃだ!」

 依頼者の中年男性は、怒りのあまりヒステリックに喚き出した。

 私は素早く彼に駈け寄り、彼の口もとを手で押さえた。そして小声で言った。

「静かにしてください。あなたの依頼は、日本の法律では犯罪であると自覚してください。無論、日本の司法で裁けない悪人もいる。そのために私がいる。秘密は厳守します。私たちは共犯者です」

「すまない。娘のことになると、つい我を忘れてしまって」興奮した依頼者は、呼吸を荒げながらも我に返ったようだった。

 私は事務的に淡々と依頼者に確認する。「依頼内容を確認します。性犯罪者・猥褻山罪人への物理的制裁、および極楽ごくらく市からの追放。で、間違いないでしょうか」

 依頼者は興奮気味に、何度も首肯しゅこうした。「それでお願いします。性犯罪者に人権などいらぬ。二度と性犯罪など起こせぬよう、徹底的に痛めつけ、懲らしめてほしい」

 私は、依頼を受けることにした。

 もちろん依頼者と面談した結果、依頼を断ることもある。依頼者が嘘をついている、と、私が感じた場合。または復讐代行サービスの内容を理解していないと思われる依頼(つまり単なる喧嘩屋、殺し屋と勘違いしている場合)など。復讐代行サービスは、人々の恨みを晴らすためのもので、単なる暴力の代行サービスではない。社会の悪を懲らしめ、恨みを晴らせぬ力なき人々を救済する事業でなければならない。司法は弱者を救済しない。よって誰かが代わりに救わねばならない。

 報酬は、相手によって上下する。金持ちそうな依頼主からは多めにもらい、そうでない依頼主からはサービス料金で請負うこともある。言ってしまえば、私の気分次第だ。今回の依頼主は中小企業の管理職をしていて収入はそこそこあるため、報酬は五十万円。支払いは現金一括前払いのみ。私は依頼者から封筒に入った札束を受取り、中身を確認した。

 依頼者と接触する方法は毎回変わる。事前に人気のない場所を調査しておき、会うのは大抵夜。こちらの顔は仮面等で覆い隠しておく。依頼を断った際に報復で通報されたり、依頼者を装った敵(たとえば警察)から身を守るためだ。なぜ危険を冒してまで依頼者に会うかというと、直に依頼者を観察しながら事情を聞き、彼らが欲しているのは本当の復讐なのか、この眼で確かめるためだ。元々動物的な勘は鋭い方で、嘘をついている人間、自分を偽っている人間は、肌でわかる。

 

 依頼を受けた翌日、私は仕事に取りかかった。

 まずは標的の観察である。標的の生活パターンを把握し、私刑執行できる時間帯と場所を選ぶ。

 しかし遊び歩いていると聞いていたが、数日自宅周囲にカメラを仕掛けて張っていても彼が外出する気配は一向になかった。食品や日用品の買出しは彼の母親が行っている模様。ひきこもりなのだろうか。そうなると少し面倒だ。親のいない隙を狙って自宅で襲わねばならない。夜は基本的に両親とも家にいるようなので、昼間に襲撃するか、両親の動きを何らかの方法で封じる必要が出てくる。

 その日の深夜遅く、私は犯人の家の敷地に潜入し、盗聴器と隠しカメラを仕掛けた。最近のものは極めて小型、高性能で、素人にはまずバレない。家の外壁に仕掛けるだけで内部の音すべてを聴き取れる天道虫てんとうむしサイズの盗聴器に、カーテンレールのネジ穴に仕込める豆粒サイズの全方位カメラなんて代物もある(これは住居に侵入することなく、換気用の高窓から手を突っこむだけで設置できてしまう。私が言うのも何だが、恐ろしい時代である)。

 それからしばらく、私は標的の行動をただひたすら観察した。聞きしに勝る自堕落っぷりで、平日の昼間から酒を飲んでごろごろしながらゲームしたり、スマートフォンをいじってばかりいる。時おり外出するものの、コンビニで酒や菓子を買ってくる程度で、仕事をしている様子はない。

 タチの悪いことにこの猥褻山罪人という男、私の両親を殺したあの男に、よく似ている。私のはらの中でどす黒いよどみのようなものが、ぐるぐると渦を巻きながらこみあげてくる。

 いけない。抑えろ。感情を殺せ。

 冷静さを欠けば、待っているのは失敗。事業の破綻。そして刑務所暮らしである。

 唐突に猥褻山がズボンを脱ぎ、下半身を露出させたまま押入れの扉を開けた。中にはアダルトDVDが山のように積まれており、彼はしばらく迷った末、「妖艶和装人妻緊縛SM」と書かれたタイトルを抜き出し、DVDプレーヤーにセット。そのままオナニーを始めた。

「…………」

 私は汚物を見る眼で猥褻山の行動を観察し続けた。

 

 それからさらに数日。猥褻山家全員の行動パターンを把握した。まず、猥褻山罪人の父親は毎朝七時過ぎにスーツを着て仕事へ向かう。移動手段は徒歩のち電車。仕事が忙しいのか、帰りはいつも夜の十時か十一時ごろ。母親は専業主婦であるが、時々買出し、あるいは近隣で開かれているヨガ教室に通うために外出する。そしてひとり息子の罪人は、特に外出することもなくゲームしたり、スマホをいじったり、アダルトビデオを見てオナニーしているだけ。一見無害そうだが、依頼者はそうは思っていない。事実猥褻山は性犯罪の常習犯で、依頼主の娘を襲う前に二回も警察に逮捕されているらしい。性犯罪は更生が難しく、再犯率が高い。この極楽市から出ていく、引越す、という両親が依頼者と交わした約束も果たす気がないとしか思えない。そのうちまたどこかの女学生を襲撃するだろう。

 大抵の人間は四六時中隙だらけである。

 ましてやオナニーしている最中に襲撃されるなんて、思ってもいまい。

 私はまず、猥褻山の口を塞いで首元にスタンガンを押しつけた。

 二百万ボルトの強力な電気ショックを与え、体の自由を奪う。

 どんなに屈強な男でも、こいつでほぼ確実に戦闘不能にできる。

 そうなれば、体格で劣る女性でも気軽に男を蹂躙じゅうりんできるのだ。

 彼の母親が駅前のショッピングモールから戻ってくるまで、早くても四十分はかかる。

 やりたい放題である。

 性犯罪者の息子のせいで彼の両親も近所から白い眼で見られ、交流は無きに等しい(それはそれで気の毒な気もするが、私にとっては好都合である)。

 ばきぼきべきばき。

 振りおろされる特殊警棒により、猥褻山の両手両足の骨は、ばきばきに粉砕された。

 スタンガンで喉回りの神経を殺したので、ろくに声も上げられまい。

 お前はただ私に蹂躙されるだけの、サンドバッグに過ぎない。

 ひひひひひひひ。

 手足を破壊された猥褻山の顔は、恐怖に引きり、ただやめてくれ、と言わんばかりに、首を横に振り続けていた。

 そんな彼の顔面を、私は数回、警棒で殴打した。

 どこをどのくらいの力で殴れば、相手を殺さずに最大限の苦痛を与えられるのかは、経験からわかっている。

 私の両親を殺したあの男によく似た猥褻山――五体すべてを破壊され、みっともなく小便を垂れ流してもだえる彼の無様な姿を見て、私はこの上なく興奮していた。

 最後に私は仕事完了の証明写真を撮り、それから猥褻山に低い声でこう告げた。

「この街から出ていけ。次にこの街でお前の姿を見かけたら、命の保証はできかねる。人様に仇なす害獣として、殺処分してやるからな。わかったか」

 私の警告に対し、猥褻山はボコボコに腫れあがり血と涙と鼻水と唾液でぐしゃぐしゃになった醜い顔を、小さく二度、縦に動かした。何てひどいツラだ。ブルドッグとチャイクレを交配させても、お前よりはマシなのが生まれるだろう。

 仕事を終えた私は、周囲の人眼の間隙かんげきうように猥褻山家を離脱し、公衆トイレで着替えを済ませ、人混みに紛れて移動し、自宅へと戻った。

 その翌日、猥褻山が自宅でボコボコにされた暴行事件は、新聞の片隅に小さく掲載されていた。彼が性犯罪の常習犯だったことから怨恨えんこんによる犯行か、と、どこかの偉そうな犯罪心理学者が仮説を書いていたが、あながち間違いではない。ただ私が依頼主の私刑を代行したにすぎない。

 私は依頼者に、仕事完了の報告メールを写真付きで送った。依頼者の反応は何も返さないか、単に「ありがとうございました」とか素っ気ないものが多い。しかし大変グロテスクな画像を送りつけたにもかかわらず、今回は依頼者のみならず娘からも感謝のメールが送られてきたので、私は戸惑ってしまった。イマドキの女子中学生らしい、絵文字が随所に散りばめられた可愛らしいメールだった。彼女はどうやらふたたび学校に通う決意をしたらしく、依頼者も「娘を助けていただき、本当にありがとうござしました」と、大変喜んでいた。

 

 あれから半年。猥褻山を見かけた、という依頼者のメールは届いていない。我がNEMESIS復讐代行サービスは、アフターサービスも万全。もし猥褻山が退院してもまだ極楽市から出ていかないようであれば、無料で追加制裁に応じるオプション付きである。

 私は、社会の害獣を駆逐したいという衝動、正義感というよりは欲望で、この仕事をしている。しかしそれが誰かの幸せにつながるのであれば、これほど素晴らしいことはない。

 復讐は、日本の法律では認められていない。誤って無関係の人間を殺したり、復讐の連鎖が起こるのを食い止めるためである。社会の混乱を防止するために、復讐が禁止されている。それ自体は理解できる。しかし現状では加害者は国家に保護され、軽微な罰を受けてのうのうと暮らしているのに対し、被害者は何の救済も受けず、精神的外傷トラウマに苦しみながら生きている。つまり、った者勝ち社会なのだ。

 この仕事を続けてきて思ったのは、世の中には理不尽な暴力(肉体的精神的問わず)に怯えながら暮らしている弱者が少なからずいて、法は彼らを助けないということだ。だから私のような異端者が必要とされるのだろう。

 この仕事をいつまで続けるのか。

 それは私にもわからない。

 いつかボロが出て警察に捕まるかもしれないし、あるいは標的に返り討ちにされて殺されるかもしれない。

 それはそれで、別に構わない。

 私の人生は、八年前に両親を殺された瞬間から、とっくに壊れているのだから。

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