黒金記

第11話

 十数人の議員から一斉に撃たれた議長は、一瞬で蜂の巣になり、全身のいたるところから紅い鮮血を噴き出し、議長席の上で物言わぬ屍と化した。

 議場のあらゆる場所に潜んでいたヘリオスの兵隊は、全権委任法に反対した野党議員や、造反した愛国党の議員、〈本物〉の衛視たちにもその銃口を向け、次々と発砲。議場はあっという間に血の海と死体の山の地獄と化した。国会の衛視たちは一般の警官とは違い、銃の携帯を許可されていなかった。おかげでクーデターは一瞬で完了した。

「今一度、諸君に問おう。全権委任法に反対する者は、今すぐ起立せよ」

 鷹条総理が、大きな声で叫んだ。

 ヘリオスの兵隊が銃を向けているこの状況で、起立する議員は、誰もいなかった。

 かろうじて生き残った反対派の議員たちは、すでにそのほとんどが議場の外へ逃げていた。鷹条総理はそのまま続けた。

「よろしい。全権委任法成立だな。では、ただ今をもって愛国党以外の政党の存続・結成を禁止する。そして我が国をふたたび偉大にするため、日本国を一度解体し、再編する。永年政権与党・愛国党の総裁として、ここに〈日本帝国〉の建国を、宣言する。より強く、より豊かで、秩序ある国を、このわしが築いてやろう」

「そうはさせない」

 不意に白い髪の長身の女性が二階の公衆席から飛び降り、鷹条総理目がけて発砲した。

 が、総理は素早く身を低くし、机の影へと隠れた。ヘリオスの幹部は、そのほとんどが現場のエージェントとして数々の修羅場をくぐり抜けてきた、歴戦の猛者たちだ。暴力と恐怖による世界統治を目指す以上、力なき者は上に立つことを許されない。

「反逆者だ。殺せ」

 総理が叫ぶと、周囲にいた愛国党の議員の何人かが白髪の女に一斉に拳銃を向け、発砲した。

 女は議席の影に身を隠し、うように地面すれすれを素早くけ抜けた。

「ひゃっはアー。皆殺しだア」

 悪魔のような笑みを浮かべた村正が議場の扉を乱暴に蹴破り、飛びこんできた。ドラムマガジンを装備したAKMSカービンを乱射し、逃げ惑う議員や国会議員、一般人に、無慈悲にも七・六二ミリ弾のシャワーを浴びせた。

 まだかろうじて息のあった者、足がすくんで動けなくなっていた者、記者として命がけで職務を全うしていた者たちが、次々と凶弾にたおれ、物言わぬ屍と化していく。圧倒的な暴力の前では、人の命など紙切れ同然なのであり、世界を変えてきたのはいつも圧倒的な暴力なのだ。

「やめろ」

 白髪の女が咆哮し、村正へ向けて小ぶりの拳銃――ワルサーPPKを、発砲した。

「おっとオ」

 彼女の存在に気づいた地獄谷は、フルオート連射中のAKMSの銃口を、そのまま女へとむけた。いや、こいつは女じゃない。たしか黒獅子組組長宅で鷹条宮美を奪還しにきた、白金機関のもやし野郎。あの憎きクソババア、白金ヒヅルと同じ人造人間、白金ヒデル。まさか女装癖があるとは思わなかったぜ。

 兵士たちの注意がヒデルに集中したせいで、議場から逃げ遅れていた標的ターゲットの何人かは脱走した。

「逃がすか。反逆者は全殺しにしてやる」

 総理が身を低くしながら、出口へ向かって脱兎だっとのごとくけ抜けていった。

 それを追跡せんとするヒデルを、当然ながら村正が妨害する。

「もやしイ。ここで会ったが百年めだア。今度こそ逃がさねえ。ぶち殺してババアに首を送りつけてやんぜ」

「まったく、野蛮な男ね。あなたは」ヒデルは黒獅子組の時とはまったく別の、女性の声と口調でそう言った。

「気持ちわりい声出してんじゃねえぞ、オカマ野郎がア」

 脊髄反射的にヒデルにAKMSを乱射するも、すでに多くの人間を仕留めてきたこともあり、七十五発もの装弾数を誇るドラムマガジンもさすがに弾切れとなってしまった。

 敵もるもの、弾倉の再装填の隙を見逃すことなく、ワルサーの残弾を撃ち尽くす勢いで弾幕を張り、出口に向かって横っ飛びした。

「逃がすか、こら」

 村正は怒号とともに議場を飛び出し、白金ヒデルの後を追った。

 ヒデルは殺した敵から奪ったのか、いつの間にか二挺となった拳銃で応戦してきた。

「ぶっとびやがれ。オカマ野郎」

 AKMSの下部。そこには銃口よりもひとまわり大きな〈砲口〉が、あった。

 酒瓶からコルク栓を勢いよく引き抜いたような、ぽん、という発射音。

 同時に、硝煙の尾を引きながら、敵を粉砕すべく飛んでいく、破壊の死神。

 GP30グレネードランチャーから放たれた榴弾が炸裂し、外壁もろとも粉々に爆砕した。

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