「警察の部隊が先回りして連中を足止めしてる。このまま追うぞ」
黒塗り防弾ベンツの助手席に乗りこんだ村正は、運転席のクローディアにそう言った。市街地を抜けて数十秒ほど走ると、村正の読み通り道路を封鎖した警官隊とヒデルたちが早速どんぱちやりあっていた。
「まとめて木っ端微塵にしてやんぜ。けけけ」村正は対戦車ロケット弾の安全装置を解除して車の側窓を開けた。「くたばりやがれ」
放たれたRPGの弾頭は勢いよく火を噴き、飛んでいった。
戦車すら破壊するこの一撃をまともに受ければ、いくら敵の車が特別製でもひとたまりもない。
だが、BMWはまるで獣のようにしなやかかつ俊敏に旋回した。
弾頭は間一髪BMWの窓を掠め……
「あっ」
前方にいた機動隊員たちが一斉に射撃を中止し、蜘蛛の子を散らすように四方八方に、跳躍した。
弾頭は機動隊の装甲車に命中し、鼓膜を突き破らんばかりのすさまじい轟音とともに炸裂炎上。
周囲のパトカーや鉄柵、機動隊員をも巻きこみふきとばしてしまった。
「ち」村正が舌打ちした。
「隊長に殺されるな」クローディアが苦笑いしながら肩を竦めた。
「来るぞ」
百八十度旋回したBMWが、こちらのベンツにまっすぐ突っこんでくる。
ボンネットがふたたび開き、細身のスティンガー・ミサイルが勢いよく発射された。
「捕まれ」
クローディアが叫んだ直後、ベンツは急にその軌道を変え、ミサイルを躱した。標的を見失ったミサイルは電信柱に衝突し、粉々にふきとんだ。
「野郎」敵の長髪男が助手席からミニミを構えながら吼えた。
「死ねや」村正も負けじとM240機関銃を構える。
同時に引かれる引金。
交互に飛び交う弾丸の嵐。
いくら防弾ガラスといえど、弾丸を受け続ければいずれは破壊される。大量の銃弾を浴びせられたベンツの窓ガラスが、ばりんばりんと破壊されていく。
「無事か、クローディア」村正が叫んだ。
身を低くしながら器用に運転していたクローディアはどうやら被弾を免れていたようだった。「増援が来たぞ」
敵のBMWが向かった先には、パトカーの大群が道路を塞ぐように横いっぱいに広がり、待ち構えていた。
「今だ。クロちゃん。突っこめ」
「言われなくてもな」
クローディアは涼しい顔でアクセルをべた踏みした。
ベンツは急加速し、猛烈なスピードで、逃げ場を失ったBMWの横っ腹に、勢いよく突っこんだ。
いくら敵の運転技術がプロレーサー並でも、逃げ場を失った状態で真横から突っこまれてはひとたまりもないだろう。
制御不能となった敵のBMWは、道路脇に群生していた太い杉の木に正面から衝突。
村正とクローディアはベンツから降り、銃を構えながら敵のBMWに慎重に接近した。BMWの窓ガラスは村正たちのベンツ同様完膚なきまでに破壊されており、衝突のショックで隙だらけになっていたヒデルに、村正は銃を突きつけてこう言った。
「王手、だな。てめえらは完全に包囲された。武器を捨てて降りてこい。総理のお嬢ちゃんをおとなしく返しな」
「こっちには総理のご令嬢もいるってのに、ずいぶん手荒いことをするね」
「何か勘違いしてるな。俺のクライアントの依頼は、鷹条宮美をてめえらに渡さねえこと。渡すくらいなら殺せ。そんだけだ」
「なんだと」
村正の言葉が意外だったのか、ヒデルは顔を強張らせた。
同時に宮美は体中の力が抜けたようにへなへなと座席に凭れかかった。父が自分を見放したと思って絶望したのか。村正はそんな彼女をわずかに憐れみもしたが、すぐにどうでもよくなった。
パトカーから降りた警官の群れが、大盾を構えてわらわらと古代ギリシャの重装歩兵密集陣形のごとく駈けよってきた。黒のスーツに山高帽といった如何にも刑事という姿形の中年の男が、勝利を確信したのか、緊張感に欠けた声で、投げ槍気味にヒデルたちに言った。
「警察だ。貴様ら全員、殺人、器物損壊、道交法違反、公務執行妨害、未成年略取誘拐……あと他に何かあったかな。まあとにかく、現行犯で逮捕する」